迷うことなくあっさり到着。近くをよく通っていたのにこんなところに神社があるとは知りませんでした。
墓園高才原(ぼえんたかざいばる)という、墓地公園から細い路地に入り込んで、しばらく行くと竈門神社の鳥居が見えます。
このあたりは小高い丘になっているのですが、江戸時代以前には勝岡城という城があったそうです。勝岡城のあった場所を通り抜けると、その先に勝岡小学校があります。
神社の周りには畑や茶畑が広がっているのですが、神社自体はこんもりとした木々に覆われていて、なかなか雰囲気があります。鳥居自体はコンクリート製。「かまど神社」と書かれています。
鳥居の付近に、神社由来の掲示は見当たらず、御神体、祭神など、一切わかりません。
「宮巡 ~神主さんが作る宮崎県の神社紹介サイト~」によると、「神体は、もと、木像二体で「佐土原大舎介」と刻まれていたが、明治二年ごろ焼き捨てて鏡にかえた。」とあります。
祠を通り過ぎ、階段を上ると社殿です。ぱっと見、古い民家か公民館といった感じですね。
お参りの前に、手と口をすすいで・・・と思ったのですが、社殿向かって右にある水道からは水が出ず、左にあったポリタンクも空っぽでした。
仕方なく、お賽銭を入れてお参り。賽銭箱の中には、ビニールケースに入れられた参拝帳が・・・。
さて、社殿の奥をのぞき込んでみると、板に何か書いて掲げてあります。とりあえず、写真に納めて帰ってから確認してみるとどうやら祭神が書かれているようでした。庚申様も名を連ねていますね。残念ながら、カメラの性能の関係か文字自体がかすれてしまっているのかすべてをはっきりと確認することはできませんでした。
裏に回ると、本殿が見え社殿よりは神社らしい趣です。
勝岡城とともに歴史を重ねた、古い神社のようですが、もっとしっかりと維持していかないといけないのでは?と思いました。(掃除や管理がされていないということではありません)
せめて、由来がわかるようにはしてほしいものです。三股町の教育委員会の方々よろしくお願いします。
さて、この後、三股の稲荷神社まで足を伸ばして帰ったのですが、帰り着いたとたん土砂降り。
雨に当たらず、お参りをさせていただけたことに感謝です。
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